はまった日

 僕は疲れていた。日々積み重ねられたストレスは金曜日の朝に如実に現われるのだ。今朝も気だるさと共に通学していた。そんな矢先に事件が起きた。
 随分長い時間待たされ、ようやく来た電車に、いざ乗り込もう。とした瞬間。僕は言いようの無い浮遊感に包まれた。あ、間違えて電車来る前に足を踏み出してしまったのか。僕は焦った。このままでは轢かれてしまう。早くホームに上がらなくてはと思ったところで落下が終わった。電車は目の前にあった。鈍い痛みが右足膝に走った。一瞬の混乱の後、自分が到着した電車とホームの間にある僅かな隙間に落っこちたことに気がついた。ものの見事に右足は埋まっていた。


「あぅ」


 僕は情け無い声を出していた。そんな僕を尻目に、後ろに並んでいたおばさんがドアと僕の隙間に体をねじ込ませて車内へと突入していった。徹底的に僕のことは無視してくれて助かったが、無視されたのが悲しかった。おばさんはたった一つ空いていた座席に大きな臀部を滑り込ませ、満足げにため息をついた。彼女は目の前の面白い若者よりも自分の楽をとったのだ。そこまでやってくれると逆に爽快であった。
 その一部始終を人より低い視線で見届けると。電車の発車を告げるベルが鳴り響いた。慌てて足を引っこ抜き僕も車内へと飛び込んだ。足はかなり痛かった。
 ドアが閉まる前に隙間の穴の大きさを確認したが、とても僕の足が落ちるほどの広さは無かった。どうして落っこちたのか。その明確な答えは今だ謎に包まれている。
 そして、車内では誰もが僕を無視してくれた。さすが、薄情さの染み付いた都会人である。が、そのことがむしろ恥かしかった。穴があったら入りたいところであったが、先ほど入ったばかりなのでやめておいた。