再戦の火蓋は…

 何度も言うように、僕は髪を切るのが苦手である。他人に無防備な姿を晒さなければならないなんて本当に苦痛である。というか、美容院でスタイリストと交わすお洒落トークが大の苦手なのが一番の原因なのであるが。彼らは容赦なくお洒落な部族である。僕はその手の人間をほとんど憎悪しているので相容れない。じつに悲しい話である。
 今回も電話予約からして苦渋に苦渋であった。
 なんとか予約をして店に赴いた。僕は切った髪の毛が目に入るのを恐れ、目を瞑った。もしかしたらこれから始まる地獄の時間をこそ恐れていたのかもしれなかった。
「終わりましたよ」
 突然の美容師の声に驚きのまま目を開くと見知らぬ誰かさんと目が合った。僕は人と目を合わせることができない小心者なので慌てて視線を逸らした。すると相手も同様の動きをみせた。変な人だと思った。これでよろしいでしょうか。と美容師が手鏡を開き僕の後ろで開いていた。目の前の男の背後の姿が映った。そこでようやく目の前の男が僕であることに気づいたのであった。
「す、すごい…!これが僕ですか?いったいいつ切ったんですか?全然気がつかなかった…」
 驚嘆の声を漏らす僕に美容師は満足げに誇らしげに頷いた。
「現代の美容界はすごいんです」
「というか、全然別人じゃないですか?!」
 僕は最近の美容院は美容整形もやっているとは知らなかった。というか、許可なく整形しないで欲しかった。
 男前になった僕は複雑な心境で店をでた。もちろんお会計で割引サービス券を出すのは忘れなかった。そもそもこれがなければ美容院なんてお洒落の代名詞のような場所へは行きはしない。
 僕は普段ワックスなどのスタイリングを全くしない。朝起きたままの頭で生活をしていた。今の僕の頭はガビガビのツンツンである。
 お風呂で頭を洗うと白い液体が滴った。気持ち悪いと思った。
 湯上りに鏡を見ると、元通りの僕がいた。どうやらセットしなければ大差ないことらしかった。僕はワックスを持っていない。よってもう二度とはセットのしようがない。
 よかった。胸を撫で下ろした。