風になりきれなかった日

 僕は最近電車にぎりぎりで乗り込むのことを日課としていた。別に遅くまで寝ているために慌しく家をでている訳ではない。あえてぎりぎりの緊張感を楽しんでいるのである。
 今日も焦って家を飛び出し、自転車を飛ばした。この瞬間から僕は風になる。時間はかなりシビアだ。駐輪場に投げ込むように駐輪して走り出す。他に走っている人なんかいないことは気にしない。間に合わなくなってしまうからだ。普段であればこのまま駆け込み乗車をし、乗り換えの度に香水どぎついOLやらタバコ臭いサラリーマンやら化粧っぽいおばちゃんやら妙に杖に頼ったお爺様やらを押しのけて走るのだが、今日は走れなかった。
 火災のため、ただいま全線運転見合わせ。
 意味分からないですから。と心のなかで突っ込みを入れながらぎりぎりを味わうために大量放出していたアドレナリンが急速に退いていくのが感じられた。僕、冷静になる。
 しかし、僕の体は火照りきっていた。冷めた心に汗だくの体。僕は羞恥心に苛まれる。
 馬鹿みたいじゃないですか。一人はぁはぁ言っちゃってるじゃないですか。
 僕は、さも「疲れてないですよ」とばかりに呼吸を正常にした。かなり酸欠な感じで苦しかったが、プライドのために耐える。僕はお昼代をケチってゲームソフトとか買ってるくせにプライドの高い生き物だった。