帰宅る

 スキー旅行に行って参りました。大変に疲れましたが非常に楽しかったです。
 雪山では様々なドラマが生まれました。やはり生死に関わる極限状態での人間はすごいのだと知りました。
 夜行バスで無事雪国へと輸送された僕らは急かされるままにバスから降りました。不思議なのはなぜかはしゃいでいるのは僕だけだということでした。
 そこから運搬用としか思えないワゴンにすし詰めにされ宿泊するペンションへといきました。皆一様に思いつめた表情をしており楽しい談笑もなく、やけにガタガタゆれる道を運ばれていきました。
 到着すると、防護服に身を包んだ目つきの荒んだ感じの男性に簡単で乱暴な説明を受け、あれよあれよいう間に、順番に装備品を渡されました。
 渡されたレンタルした板やボードにはなぜか赤い染みらしきものが付着していたし、ウェアに至っては深紅のものしかありませんでした。みんながレンタルしたウェアやグローブに袖を通すときの表情ときたら、まるで出撃直前の神風特攻隊のそれでした。並々ならぬ覚悟でここに来たのだなということが、ひしひしと肌に伝わってきて、僕も自前のウェアを着衣しながらようやく自分がとんでもない所にきてしまったことを自覚し始めていました。
 そういえば、さっきまで乗っていた夜行バス内で観光ガイドの不粋なおじさんに便箋と封筒を渡されて家族や大切な人に手紙を書くようにと言われたし、手紙を書いている間車内は絶えずすすり泣く声が聞こえていましたが、あれはつまり遺書だったのかと今更ながら思い知ったのでした。僕はと言えば、そうとは気づかず唯一の友達であった天国にいるペットの犬に手紙を書いてしまったことをこのときになって激しく後悔したのでした。
 着替えを終えた僕らは再び輸送車に揺られスキー場へと送り出されたのでした。
 いざ到着してみれば、雪山というのはまったく恐ろしいところでした。何かこう、人を転ばせてやろう、と言ったオーラが目に見えて立ち込めていました。目に見えるほど高密度に充満した転ばせてやろうオーラは、雪山ビギナーたちの気力と体力を刻々と削っているのでした。雪面のあちこちに血しぶきが舞っており、安全のために大木やリフトの柱にまかれるべきマットは見当たらず、代わりに花が添えられているのでした。コースのいたるところに激しく転倒しては痛みを堪えうずくまる人間がいるのでした。すれ違う人々は無精ひげもそのままに薄汚れた顔を拭いもせずに体力の回復をはかっているのでした。彼らにはいくら話しかけても返事を返さず、まるで僕なんかいないとでも言いたげに虚空を、きっ、と睨み付けているのでした。
 その惨劇を目の当たりにして震えるスキー素人の人に簡単に装備の仕方や基本操作を説明すると、今回の旅行のリフト券が配られるのでした。僕にはそれが地獄への片道切符にしか思えませんでした。早速リフトで上まで上ることになり、死の行列に並ぶ仲間たちの引き締まった顔からはもはや余裕など微塵も感じられませんでした。また、高いところが苦手な僕はリフトが最大の難関でした。しかし、こうして無事でいられるのは、一重に自分も怖いであろうに隣で励ましてくれたUさんや天国の犬のおかげだと思われました。
 上りきった僕らは意を決っして滑走を始めました。自称『白銀の流星』である僕はスキー素人の人間を激しく無視して、独りよがりで楽しみ続けました。



 などということはまったくなく、たいしたけが人も出ることなく楽しく安全なスキー、スノボ合宿でした。ただ最後に次回の旅行の幹事になってしまったのは誤算でした。相方の幹事が女性なのは追い討ちです。
 普段の僕は、迷惑にならないよう異性に近づくことすらしません。僕などが傍にいればそれだけで不愉快な気持ちになることは疑いようがないからです。そんな僕があんなに可愛い人と一緒に仕事をするなんてとんでもないことです。同じく幹事になったSさんに申し訳なくて申し訳なくて夜も眠れない日々が続きそうです。
 しかし、いつまでも泣き言を言っていてもSさんに失礼であることは分かっています。だから、高校時代には結局一度も出すこのなかった本気をだす所存です。Sさんのためにも僕は変わらなければならないと思いました。とりあえずは一般的な会話くらいはできるようになることが目標にしました。