電話に誰もでんわ

 夏旅行の幹事である僕には、諸々の予約手配という仕事があった。今日は船の予約開始日、すなわち勝負の日だ。ここでチケットが取れなければ憧れの神津島に行くことは叶わない。それどころか、今から旅行計画を立て直さなければならない。非常に面倒極まりない。
 予約開始は9:30、僕はスパゲッティーの絶妙な湯で加減の瞬間をとらえるときに匹敵する集中力で時計を凝視していた。授業中であった。そろそろ教室を抜け出すか、そう思った時パソコンにメールが入った。
『予約がんばれ』
 友人からの激励メールであった。思いがけないハプニングに瞳を潤ませながら外へでた。親友の気持ちを無為には出来ない。
 緊張に震える指先を押さえつつダイヤルをプッシュする。しかし、どういうわけかコール音が響くことはなかった。もう一度、もう一度、なんど試したところで一向につながる気配がない。いったいどういうことだ?!焦りが僕の思考能力を著しく低下させる。確かに予約者が殺到するとは聞いていたが、これほどとは。
 そうこうしている間にも刻一刻と時間は刻まれていく。神は我々を見捨てたのか。状況を好転させるため悪魔に魂を売り渡そうとしたその時、受付のお姉さんの声が受話器から流れてきた。つながった!!焦りをなんとか抑え付け、乗船券の予約をお願いする。
 やったよ。僕はやったよ。
 人生が走馬灯の如くよみがえった。自然に流れていた涙は悲しみからくるものではなかった。
 “ご予約は埋まってますね。そのチケットはご用意できません”
 ここだ、と引き上げたスパゲッティーが茹で過ぎなのは良くあることである。というかいつもそうである。まさか、こんなところでいつもの癖がでるとはな。いつだって僕は一歩遅い。失ってから気づくんだよ。



 止む終えずグレードを上げ、かなり高い席を予約した。計画を立て直したくなかったからだ。不能な僕を責めてくれ。そうでなければとても皆様に顔向けできない。