茜色の空に黒い線が走る

 見慣れた空。そう言った人がいる。
 実験が早くに終わったので日が沈む頃に帰り着けそうであった。電車の車窓から見上げた空は茜色に染まっていて綺麗であった。激情を連想させる赤ではなく、郷愁を感じさせるあの色合いはこの世の宝だと思う。
 しかし、焦点を少しずらすだけで縦横無尽に張り巡らされた黒い電線が目に映る。僕らは何と引き換えに豊かさや便利さを手に入れたのだろう。そもそも引き換えるつもりがあったのか。
 何にせよ、今見上げられる空こそが僕らの空であることは目の背けようがない事実である。僕にとっては、その醜ささえも美しい。今あることを精一杯愛していければ、そう思った。
 そう思った矢先、膝に何かが当たった。この時、僕は座席に腰掛け向かいの窓から空を見ていた。何が起きたのかと目線を足元に戻すと自動販売機のアイスの棒が落ちていた。その棒が膝に当たって床に落ちてしまったものと思われた。アイスは綺麗に平らげられており、ズボンにべたべたが付着するという事態は避けられていたのでほっとしたのも束の間、目の前に立っていた高校生の少年が棒を拾い上げる様を見て絶句してしまった。何とこの少年、拾い上げた棒を迷うことなく口に運んだのである。落っことしたアイスの棒を口にくわえてちゅぱちゅぱとしゃぶり始めた少年。あの様子では間違いなく落とす前から散々嘗め回しているに違いなかった。
 ジーパンの棒が当たった箇所をじっと見つめた。なにやらヌメヌメに照かっているように見えた。考えないようにしよう、僕は目をつぶって眠りについた。
 そういえば、僕は良く物を落とす人である。それは幼少の頃からのもはや病気であった。そのため、僕もアイスを落とした経験は幾度と無くある。その悔しさと遣る瀬無さ、そしてやり場のない怒りは痛いほど良く分かっている。僕も落としたアイスを拾って食べたな〜と幼き日の思い出に涙した。