目くるめく世界の果てに

 前々から行きたいと話していた遠足についに行ってきた。
 移動のため、TAKA氏の車に乗り込み高速をかっ飛ばした。僕は高いところが怖いからジェットコースターの類が苦手だと思っていたが、そのスピードもまた怖い理由だったのだと認識させられる速度で目的地へと疾走した。そのあまりの速度は時間の流れを遅くするという副作用をもたらしていた。車を降りたと時に外がすっかり涼しい秋の気候になっていたのでとても驚いた。
 目的地は軽井沢であった。あの避暑地で有名で身分の高い人々の別荘が立ち並ぶ彼の地である。
 もちろん僕のごとき最下層の人間がおいそれと足を運んで良い場所ではなかった。そのため軽井沢の地に足をつけようものならたちどころに屈強なガードマンが現れて、下々の人間が軽井沢に訪れた証拠を抹消するため、僕をミンチにかけて山から捨てられてしまうのではないかとビクビクしていた。だが、実際には何も起こらなかった。おそらくはエイト社長のご威光によるのだと思われる。僕は社長のご友人として特別に黙認されたに違いなかった。その証拠に何処を歩いていても僕を見張る複数の鋭い視線が首筋の産毛をちりちりと焼くのであった。
 痛いくらいのプレッシャーのなか紳士のスポーツゴルフを楽しんだ。後続でやっていたTAKA氏・白ロリータ・グラサンの3人はコースを無視して最短距離をかっ飛ばしていた。ラフを恐れないその姿勢はじつに勇まく、僕も真似をしたらラフから抜け出せなくてえらいスコアになってしまった。分不相応なことはするものではない。僕ごとき、皆様のまねをしたところで同じレベルの結果になるはずがないのである。
 その後お昼にそばを頂いた。美味しかった。なぜかお蕎麦屋さんに入るまで車内はぴりぴりとした空気で張り詰めており、空腹は人を狂気に駆り立てるのだということを知った。僕はといえばお腹が減っていなかったので一人猛獣の檻にいれられてしまったようであった。
 旧軽井沢に赴き噂のカキ氷を食べようと目論んでいた。エイト氏の話によると大きくて美味しいかき氷があるのだそう。それはぜひ食べてみなければと前々から楽しみにしていたのである。いざ期待に胸膨らませお店の暖簾をくぐると手際よく後ろ手に縛られ足を繋ぎ合わされ、僕はあっさりと拘束されてしまった。最後に目隠しをされる直前に仲間はどうなったのかとあたりを見回したが、僕と同じく縛られているのはグラサンだけであった。暖簾の向こう側では仲間達のほくそ笑む姿が微かに見えた気がした。
 目を覚ますと、雪山の山頂に寝転がっていた。そして手にはスプーンとシロップ、あんこが収まっているのであった。となりで丸まっているグラサンも同様であった。どういうことかと混乱しているそのとき、頭上でヘリコプターが停滞していることに気がついた。ヘリコは僕が存在に気がついたことを確認するとモールス信号を送ってくるのだった。
 『オマタセ シマシタ カキゴオリ デス』
 それはカキ氷というにはあまりに大きすぎた。てか、雪山ですか?
 グラサンをはたき起こして僕らはスプーン片手に心もとないシロップを武器に下山へのアタックを開始した。なんとしても生きて戻らなければならない。さもなくば、僕らは軽井沢に置き去りにされ、もう二度と懐かしき芋緑の地を踏むことはないのである。
 どれくらい歩いただろうか、なんとか携帯の電波が届くところまで下ってきたので専務殿に連絡をいれることにした。暖簾の向こう側、専務殿の表情を信じることにしたのだった。この時にはグラサンは唇から舌の根に至るまで紫に染まっており、非常に危険な状況であった。かくいう僕ももはや満身創痍。途中なんども雪崩れを起こしながら下山してきた弊害により、もはや一歩たりとも前に進むことができなくなってしまっていたのであった。
 専務殿は連絡から10分ほどで助けに来てくれた。僕とグラサンは仲間達に抱きかかえられ車に乗り込み、帰路につくことができたのでった。
 もしあのとき疑心暗鬼に陥り、仲間を信じられずに救助を求める電話をかけていなかったらと考えるとぞっとする。なんにせよ、助かった命をかみしめこうして日記を書いている。色々とたのしい軽井沢遠足であった。