誰かが言ってた

 目を覚ますとそこは自宅だった。
 おかしい、僕は確かに昨日765プロのプロデューサーになるはずであった。
 であったのだが、なぜか僕はまだプロデューサーではなかった。
 右を見ても左を見ても夢にまで見たやよいの姿はどこにもありはしない。
 しかし最近右を向くと痛い。なんだか骨がずれている気がする。病院に行くべきかもしれない。


 係さんの日記を読んでみたが、どうやらちゃんとアイマスは発売されているらしい。
 そういえば昨日寄ってきた秋葉原でも売り切れの札をよく目にした。
 だけれども僕の手元にはアイマスはなかった。
 あるのはPSPのみである。まったく何の役にも立たない代物である。
 僕は悲しかった。
 いっそ世界が滅びてしまえばいいのにと思ったが、係さんが研究発表しているはずなので世界滅亡を祈るはやめておいた。
 僕ほど心優しい人間はいないだろう。自分が少し誇らしい。


 とはいえ、実はアイマスをする時間はなかったのでちょうど良かったのかもしれない。
 4年間続けてきたピアノのレッスンを本日をもって一時退会することにしていたのである。
 今日が最後のレッスンになるので、先生のところに行く前にしっかり練習をするつもりでいたのだ。
 思い返せば4年前、あの頃の僕は何もしらない高校生臭いガキだった。
 ピアノ弾けたら格好いい、それだけの気持ちでYAMAHAの門をくぐり、門前払いを食らったのもいい思い出である。
 あの門前払いがなければ、物事に挑む姿勢というものを学ぶことはできなっただろう。
 先生にはただただ感謝の気持ちしかない。
 初めは鍵盤に触れることすら許されず、ひたすら指立て伏せをしたものだ。
 握力のない人間にピアノは弾けない。基礎から体を作ることこそ、ピアノ上達への唯一にして絶対の近道である。
 先生の考えも、今となっては一も二もなく頷ける。
 そんな体力づくりが1年ほど続いたある日
 「C5を押してみろ」
 そう言われた。ついにピアノに触れることが許された瞬間だった。
 それからのレッスンは二人で厳しいながらも楽しくやってこれた。
 あまり才能はなかったようで、上達は遅かったが先生は根気強く教えてくれた。
 そのおかげで、練習すれば初心者向けよりは難しい曲を弾けるレベルにまで成長できた。
 眼を閉じれば今までの思い出が走馬灯のように蘇る。
 うっかりするとそのまま三途の川を渡ってしまいそうだ。
 涙が止まらなかった。
 練習後、先生の元へ。
 レッスン室で目薬をさして涙を誤魔化した(←ここまでの話、目薬をさしたところだけ事実)


 先生は最後のレッスンだ、ということでせん別として音楽理論書をプレゼントしてくれた。
 まさかだった。
 本当に嬉しかった。
 僕はピアノの練習を続けるつもりでいたし、作曲とかできるようになりたかったので勉強もしたかった。
 エスパーなのではなかろうか、先生は。
 「就職して、1年か2年か、落ち着いて仕事に取り組めるようになったら再びYAMAHAの門をくぐります。必ず戻ってきます。どうか、それまで待っていてください」
 と半分プロポーズにしか聞こえないようなことを言って別れました。
 「そう言ってくれて嬉しい。待っている」
 先生もOKしているとしか思えない見送りをしてくれました。
 みんな、2年後くらいに僕が結婚したら相手は先生だ。覚えておいてくれ。
 実際、ピアノのレッスンは受け続けたいのだ。
 勤務地が横浜と、現住所からかなり離れてしまうので一時退会したが、そのうち自宅に近いところに引っ越すのも悪くない。
 会社に徒歩10分程度の環境よりも、先生とレッスン出来る方が僕にとって重要なことなのだと分かったから。


 先生、本当にお世話になりました。
 またいつの日かよろしくお願いします。


 と、帰ってきたら



 アイマス届いてれぅ!



 うっひょーひゃっほー!
 これで僕もやよいのプロデューサーだ!!!
 おうおう、すでに搾取コンテンツも始まってるじゃないか。
 メールが届くだって?!
 くっ100円か……。
 さすが、さすがバンナム! こんな悪どい商売他はやれないぜ!
 搾取される喜びか。いいこと言うね!
 課金課金www うっほほーい!
 と思ったらやり方がよく分からないうちにこんな時間になってしまった。
 明日やろう。
 とりあえずやよいの芸名と、初日のスケジュールだけ終えてやめにした。
 芸名は『雪花菜』
 何格好つけた名前つけてるんだ?って思ったあなたはまだまだ。
 貧乏人の強い味方はもやしだけじゃ、ないんだぜ?


 それでは。また明日。