仁義無き戦い

 第一部〜ゆうちゃん対ママ編〜


 その母親は困っていた。なぜなら3歳になる息子がお菓子を買ってくれと駄々をこねているからだ。
 時の頃は夜の8時になろうかというところ。息子はレジの前でバリケードを築き他のお客様に迷惑をかけることで彼女にお菓子を買わせる作戦に出ており、僕は見事に彼の思惑通りに迷惑した。
 その時解放されていたのは8番レジと5番レジのみ。うち8番を閉鎖されてしまっては、5番に並ぶしかない。そこには同様に行き場を失った奥様方により長蛇の列ができていた。せめて彼が5番レジを閉鎖していてくれれば、僕らは思っていた。8番レジはベテランパートタイマーの広瀬さん、しかし5番は最近研修バッジが取れたばかりの、笑顔のかわいい横山さん(推定18歳)である。僕はいつも彼女の列に並んでいたが、仕事はやはりベテランの広瀬さんのほうが速いのであった。
 母親は息子の思惑通りに非難の目に相当堪えている様であった。彼女のうろたえぶりに彼は勝利を確信していた。しかし、大人は強いことを彼は知らなかった。ついに怒った彼女により強引に手からお菓子の箱を奪われてしまった。今度は逆に、僕らギャラリーは母親の勝利を確信した。
 だが、自体は予想だにしない方向へと展開することとなった。
 彼は自らの手から目標の品を失ったことに動揺し、涙声の反論、俗に言うただの絶叫、をあげたものの涙は流さずお菓子を戻すために棚へと歩く母親を迂回ルートで先回りし、新たに商品をその手中に収めたのである。
 僕らは衝撃を受けた。なんという執念。あのお菓子にそこまでの熱意を傾ける魅力があるというのか?!横山さんのレジ打ちの声もそぞろに僕らは母子バトルの行く末を見守った。
 母親は息子がお菓子をあきらめる気の無いことを悟り、強行手段へと切り出した。
 息子無視である。
 高くお菓子の箱を掲げてアピールする息子を見事に「買いません」の言葉のみで回避しつつ、レジを通過しようとする。流石はベテラン広瀬さん、彼女と目配せ(アイコンタクト)で
『ゆうちゃんの持っているお菓子は買う気はありませんので』
『分かっていますとも、奥様』
『すいません、ご迷惑をおかけして…』
『いえいえ、これくらいのお子さんの躾は大切ですから。それにしても奥様、しっかりとした態度で躾をされているようで、いまどき珍しい良い奥様ですわ』
『そんな…本当にすいません…』
 と会話を交わしていた。あれくらいの敏腕になると目線ひとつでもはやテレパシーレベルである。
 無事レジを通過した彼女は手際よく袋に商品を詰め込んでいった。彼はまだ諦めていないようで、お菓子の箱を振り回し続けていた。彼女は、買いません戻してきなさい、と毅然と繰り返していた。
 そしていよいよ店を出ようというとき、とうとう痺れを切らし「言うことを聞かない子はしりません。置いていくます」と言い放ち彼女は店を出た。
 どうする、ゆうちゃん!


 そこで僕も店を出たので結末は分からずじまいでした。