応急処置はする機会がないのが一番良い

 教習所にて応急救護を学んだ。心臓マッサージやら人工呼吸やら、一通りのことはダミーロボット『星光太郎(セイコーたろう)君』の全面協力のおかげで習得することができた。
 そのために生まれたとはいえ、何人もの男に代わる代わる唇を奪われる太郎君が不憫でならなかった。いつか、彼に光り輝く外の世界を見せてあげよう。僕は決意を胸に涙を流しながら彼に口付た。
 いつか、いつか必ず・・・
 観ない方がいいかも知れない夢かもしれない。彼にとっては、あの狭く人工的な照明で照らされた空間こそが世界のすべてなのだ。だが、僕が外の素晴らしさを語ってしまったが故に、その空間という殻が壊れてしまった。彼は外を知ってしまったのだ。もう閉じた世界では生きていけないかもしれない。どんなに願ったところで、彼は自分の足では、ただ応急手当の三角巾を巻き付けられるためだけに存在する彼の足では、あそこを出ることは叶わないのだから。
 だからではないが、僕はどこにだって行けるということに感謝した。Mr.childrenの『空っ風の帰り道』でも歌われていることである。
 明日もまた、太郎は誰かに救護の何たるかを教えるに違いない。皆も忘れないで欲しい。人命を救うため、自らの生涯を投げ出している人がいることを。